東京高等裁判所 昭和50年(う)1491号 判決
被告人 片岡道治
〔抄 録〕
所論は、要するに、原判決は、道路交通法違反、業務上過失致死傷(一名死亡、二名負傷)、過失往来危険の各罪をいずれも観念的競合の関係にあるものとして、以上五個の罪につき刑法第五四条第一項前段を適用しているが、本件は、道路交通法違反罪と業務上過失致死傷罪、過失往来危険罪との併合罪であるから、原判決は、法令の適用を誤ったものであり、その誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
そこで、記録を調査して検討すると、原判決は、被告人による、一名の者に対する業務上過失致死罪、二名の者に対する各業務上過失傷害罪、過失往来危険罪、道路交通法違反罪に各該当する事実を認定し、罪数関係につき「本件のように、薬物の影響により正常な運転ができない状態で自動車を運転し、運転開始直後、右のような状態における運転が過失行為となって過失往来危険罪及び業務上過失致死傷罪を構成する事故を惹起した場合は、薬物の影響下の運転継続中に、ある一時点一場所において事故を起した場合とは異なり、自然的観察の下で、行為者の動態が社会的見解上一個のものと評価され、それが前記各罪に同時に該当することになるから、以上の各罪は一個の行為で五個の罪名に触れる場合にあたると解するのが相当である」と説示して刑法第五四条第一項前段を適用したうえ、本件各罪を科刑上の一罪として最も重い業務上過失致死罪の刑で処断したことは所論指摘のとおりである。しかしながら、昭和四九年五月二九日の最高裁判所大法廷判決(最刑集二八―四―一一四)は、酒に酔った状態で自動車を運転中、過失により人身事故を発生させた場合における酒酔い運転の所為と業務上過失致死の所為との罪数につき、「刑法五四条一項前段の規定は、一個の行為が同時に数個の犯罪構成要件に該当して数個の犯罪が競合する場合において、これを処断上の一罪として刑を科する趣旨のものであるところ、右規定にいう一個の行為とは、法的評価をはなれ構成要件的観点を捨象した自然的観察のもとで、行為者の動態が社会的見解上一個のものとの評価をうける場合をいうと解すべきである」と説示したうえ、「酒に酔った状態で自動車を運転中に過って人身事故を発生させた場合についてみるに、もともと自動車を運転する行為は、その形態が、通常、時間的継続と場所的移動とを伴うものであるのに対し、その過程において人身事故を発生させる行為は、運転継続中における一時点一場所における事象であって、前記の自然的観察からするならば、両者は、酒に酔った状態で運転したことが事故を惹起した過失の内容をなすものかどうかにかかわりなく、社会的見解上別個のものと評価すべきであって、これを一個のものとみることはできない」として、酒酔い運転の罪とその運転中に行なわれた業務上過失致死の罪とは併合罪の関係にあると判示した。そこで、右判決の事案と本件事案とを対比すると、両者は、正常な運転ができないおそれがある状態で道路交通法に違反して自動車を運転し、その運転を継続中、運転中止義務に違反する業務上の過失により致死傷の結果を生ぜしめた点において共通であり、ただ一方がアルコールの影響によるものであるのに対し、本件は劇物トルエンの影響によるものであるという点で相違するに過ぎないもので、本件につき右最高裁判所の判決と異なる法的評価をなすべき特段の理由はなく、また、本件は、右トルエンの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で自動車を運転し、その運転を継続中、右業務上過失致死傷に加えて過失往来危険をも犯したものであるが、自動車を運転する行為とその過程において過失により往来危険を発生させる行為とは、右最高裁判所大法廷判決の趣旨に徴し、トルエンの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で運転したことが往来危険を惹起した過失の内容をなすものかどうかにかかわりなく、社会的見解上別個のものと評価するのが相当である。特に、本件においては、業務上過失致死傷罪、過失往来危険罪を構成する事故を惹起した時点においては、道路交通法違反罪を構成する行為は、終了し、すでに不成立の段階にあったのであるから、前二者と後者とを一所為とみる余地はない。すなわち、道路交通法第六六条違反の罪は、薬物等の影響により正常な運転ができないおそれのある状態で車両等を運転することによって成立するものであり、右の運転とは、道路交通法第二条第一項第一七号第一号に照らし、道路(道路法第二条第一項に規定する道路、道路運送法第二条第八項に規定する自動車道及び一般交通の用に供するその他の場所)において車両等(道路交通法第二条第一項第一七号第八号参照)をその本来の用い方に従って用いることをいうものであるところ、原判示第一の東海パルプ第二製品倉庫前空地(後記島田駅構内に隣接する)は、不特定多数の人や車両が自由に出入する場所であって、右の「一般交通の用に供するその他の場所」に該当するが、右事故を惹起した原判示第一の国鉄島田駅構内は、国鉄の軌条が多数敷設されている場所であって、右の「道路」に該当しないことは明らかである。従って、被告人の道路交通法第六六条違反の罪は、前記東海パルプ第二製品倉庫前空地を運転している間においてのみ成立し、被告人が右空地から出て右島田駅構内に進入した以降の時点においては、すでに同条違反の行為は終了し、もはや同条違反の罪は成立しないものとみるべきであるから、このことからも、本件においては道路交通法違反の所為と業務上過失致死傷、過失往来危険の所為とを社会的見解上一個のものと評価することはできず、両者は別個のものと評価すべきである。以上考察したとおり、被告人の本件道路交通法違反罪と業務上過失致死傷罪、過失往来危険罪とは併合罪の関係にあるものというべく、従って刑法第四五条前段、第四七条、第一〇条を適用して被告人を処断すべきであるのに、これと異なり、右各罪を一所為数法の関係にあると解し、同法第五四条第一項前段、第一〇条を適用して被告人を処断した原判決は、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は、原判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由がある。
(吉田 金子 小林眞)